いったん、言ったことですけれど


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Posted by みさき on 2003/02/28 16:27:27:

In Reply to: Re[2]: 意地っ張りな私 Posted by ちょこばなな on 2003/02/28 10:39:05:


    こんにちは、ちょこばななさん。
    前回、私がお話したことは、あくまで、数ある考え方、とらえ方のひとつにすぎません。
    数日前まで福沢諭吉に夢中になっていた私は、今日は、上野千鶴子さんの社会学に惹かれています。一つ目は上野さんの言葉じゃないんだけれど。次の言葉です。
    「世界が言葉で表現されているというよりも、言葉が世界を構成している」野口裕二(ナラティブセラピーの世界)
    ナラ・・・・。なんて私はわからないのに、スウーと私の中にこの言葉が入ってくるの。
    ちょこばななさんの、お話を伺って、意地から人と接することが苦手?苦手でよかったかしら、とあります。
    意地が私に人と接するのを苦手をしていると、自らが語っている。何をどう苦しみ、どう助けて欲しいのか、また、どう助けられたのか、これも、言葉でなきゃ伝わらない。言葉によってしか自分以外の人に伝えることのできない現実に、抵抗する術も、これまた言葉です。
    だから、言葉はすごいし、偉い、でも、そんな風に思いつづけ、かまえてしまったら、何にも出来なくなるのは想像し難い事じゃない。
    だから、言葉を謙虚に受け止め、というか、今自分がたった、これだけの言葉しか使えない、知らないということを、謙虚に受け止め、学べばいいんじゃないかしら。文章が苦手なのは、照れや緊張が問題ではなく、自分の言いたいことを表現する手段としての、言葉や知識に満足できていないのかも。
    じゃあー、学ぶって何?勉強?学問?学問って何?
    そう聞かれても、答えられないのが悲しい。
    上野さんの台詞「ひとりの時間をもちなさい。自由にものを考えなさい。決めつけず、逃げず、めんどくさがらず、人と相対しなさい。」
    がもっか、私の進む道。上野さんのところで、勉強している遙洋子さんが、「言葉は感動をもたらす。学問は感動の宝庫だ。」という、そういう学問に私は進んでいきたいと思っている。
    ここまで、長い文章を読まされて、また今度、違うことを言ってたら、腹立つよね、普通の人は。
    でも、私はちょこばななさんの意地がそうはさせないかなーなんて期待してるんです。実は。


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