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Posted by みさき on 2003/03/03 21:14:48: In Reply to: あのう・・・。(みさきさん) Posted by 楓 on 2003/03/03 13:51:44:
>本気というより、夢中になっちゃいました。勢いがないと、読めないと思いますし、また、勢いじゃなくて、冷静に分析されると、それはそれで、うれしいような、はずかしいような、複雑な気分です。 > > 私の独り言といいたいけれど、(数字)は本からの引用ですから、8人の独り言ということで。あっ、違うか、私以外の人は学者や小説家だから、その人たちの読んだ本を書いた人のいるわけで、一体、何人の人の異見なんだ。異見のもとには意見の相対があったわけで、あー、もう、考えたら、数え切れません。やはり、私の独り言というこに・・・・。 > > ここまで、よんでくださりありがとうございます。 > > 私のスピーチをご清聴いただきありがとうございました。 > > 何としてでも、福沢諭吉の「学問のすすめ」を読むぞー!! > > ↑自分で読んでおかしいと思いませんか? おかしく書けていると思っています。おかしく書いたのですから。 本文が難しい話であるため、文末に意図して書きました。楓さんのおっしゃるおかしいは、笑えるおかしさではないのでしょう。楓さんが、 何か変だという意味でおっしゃっているのなら、何が変なのでしょう。 > みさきさんは最近学問や小説に興味があるようですが、 > なんだかいつも全体的に話がズレているように感じます。 > それに話が堅すぎて本からそのまま引き出したって > 理屈ばっかじゃ全然解決にならないです。 > たまに他でも相談者を馬鹿にしてるのか、軽視してるのか > 何がいいたいのか分からないときがあります。 何が言いたいのかわからないときに、それを解決するために、言葉を交わし、話し合い、お互いの理解をすすめることが大切だと私は思っています。ですから、私は、たった、一度の話で、私の言いたいことを理解してほしいと思っていません。逆に、わからないことを返してもらい、そして、また、話を進めていく、そこにコミニケーションの意味があると思います。相談内容について、実際に話を進めていく中で、相談者の方が、答えがみえてくると、いいなと思っています。 あれを、こうするといいですよ。というアドバイスの仕方と、こうすることにより、何かみえてくるものがあると思います。というアドバイスの仕方があると思っています。何事においても方法は無限にあります。その無限にある方法の中にむかって、この方向で進むと、何かみえてくるものがありますよ、と言いたい時に、具体例より、理屈のほうがいいと思うときがあります。 > ここに投稿する人は皆真剣です。 > 私もここに載せたことのある一人として > 許せないなって思ってしまいます。 私は、ここでお話をするときに、一度だって、真剣でなかったことはありません。しかし、楓さんが許せないと思うような文章を書いていたことは事実です。考えます。ちなみに、楓さんの、許せないということばについて、私は許せないという気持ちはわいてきませんでしたからね。 許せないという気持ちになっている方がいる。とだけ思いました。 > 感じ方は人それぞれだと思いますが、 > 私はみさきさんみたいな人がこれ以上返事を > 書き込むとここに投稿する人が少なくなると > 感じてしまいます。 そうですね。本当に感じ方は人それぞれですし、同じ人でも、状況が違うだけで、変わってきますものね。 私は、自分が書き込むことにより、投稿される方が少なくなる傾向にあるならば、書き込むことを考えます。また、私が書き込んでも、書き込まなくても、状況は変化しない場合でも、投稿されている方の中に、投稿するのを躊躇する原因が私にあるならば、書き込むことを考えます。このようなことを、書き込む側の人間が話し合うことによる状況の変化の方が大きいように私は思います。 上記の話をしていると、好感度が浮かんできます。 好感度は、はたしてよい結果に導くことにどれぐらいの効果があるのか。嫌悪度は、はたしてよい結果をだせないのか。好感、嫌悪は一体どのような心境から生じるものなのか、その心境が現在の自分の悩みと関係していることはないか。悩みのあるときに考えると解決の糸口がみえてくるのも事実です。 > あなたが福沢諭吉を読もうが何にはまろうが > 自由ですが、「私のスピーチをご清聴いただき > ありがとうございました」って > なにか勘違いをされていないかなって思いました。 相談者の方の悩みが職場におけるスピーチの仕方についてだと思い、私が相談者の立場なら、こういうようなスピーチを考えるのだけれど、という例えとして、とらえていただけたらと考え、上記の言葉で締めくくりました。 どのような表現を使うのかは、話し手である相談者の方に身についている言葉を使うのが一番抵抗がないでしょうから、心の持ち方として、 話の最後に話を聞いてくれて、ありがとう、という気持ちを伝えたらいいですよ、という意味を含んでいます。 楓さんの捉え方と、どのように違っていましたか。 これは、想像したことですけれど、楓さんが、勇気を出して、これを書き込んでくださったのではないかと。もし、そうでなかったとしても、 このように書き込んでくださることを、私は望んでいます。だから、感謝の気持ちを抱いています。 本当は、心は望んでいません。私は人とこのように話をするのは、苦手ですから。あたりさわりのない話し方を好んでいます。でも、必要だと感じているため、自分で望むように努力しているのです。 なぜ、このようなことを必要と思うのか、また、自分が必要と感じていることを、ここで、周りの人に強要するかたちになることを、いいと思っているのか、という疑問を持たれるかもしれません。 それは私が、話し方、聞き方、話し合い方の3つを言葉の能力と捉え、どれも必要であると考えているからです。これらはどれひとつとして、切り離して考えるべきではないと思うからです。 楓さん、みなさんのご意見、ご感想を聞かせてください。
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