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Posted by みさき on 2003/03/24 10:05:10: In Reply to: Re有難う御座いました Posted by チヨ on 2003/03/24 06:14:35:
「文章を読んでいくうちに、自分の息遣いが聞こえてくる様な感覚を覚えました」 私は、チヨさんの今回のお話を始めて、目にした時に、文章から、チヨさんの、息遣いを感じました。 「言語表現が、試行錯誤し考えに考え抜く事が出来る文章表現を上回る事って出来るんだ」 チヨさんの想像していらっしゃることでないかもしれませんけれど。感情的という状態を、ことばの整理がつかず、ことばが内にあふれている状態とするならば、内の中にあるもの(情)を、ことばで表現する工程を積み重ねると(試行錯誤しながら)、情動の変化が起き、それを表現すると、感情を表現することになるかと、私は思っています。 「他者の表現を受け止める事も出来る?」 「 自分と異なる意見を受け入れられる?」 私が経験したことは、ことばを(自分と相手どちらも)ものさし上に配置して、とらえると、ものさしの真ん中にあるゼロに自分がとらわれ、マイナスの印象をもつことばが出てくると言うことです。このマイナスの印象は、わたしの場合、腹が立つとか、くやしいとか、嫌な感じ、などです。 これらを、避けるために自分が始めたことは、時計のような、方位磁石のようなものの上に、ことばを配置して、捉えると言うことです。 たとえば、自分のことばを時計の短針(15分など)とし、相手のことばを、時計の長針(4時など)とします。 そして、各々の針の示す方向を、落ち着いて、考えてみるというものです。 この方法は、ことばから受ける印象を感情として、受け取る自分の姿勢を正すために行っています。 相手のことばから、自分が受けた感情が、相手の持っている感情とは一致しないこともある、と自覚する目的があります。 ことばと、感情と、意見と、受け入れ、について、今までとは違う間隔を得たことは、確かです。
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