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Posted by みさき on 2003/04/25 10:00:56: In Reply to: トラウマ Posted by ばなな on 2003/04/24 00:27:26:
> ちょっと自己中心的な重い内容になってしまいましたが一言で人を狂わせる事も実際あるのだ、と身にしみて感じたので。発した言葉というのは生き物ですから相手にとって悪いものを送り込んでしまわないように自分自身も気をつけたいな、と常に思います。 確かに、これは貴方中心のお話しです。でも、ばななさんのお話しの中なのだから、貴方のお話しが中心でいいんです。私が思うに。 ここから、先は私がお話しをしますので、私が中心になります。 「愛」とは、なんぞや。出会い、恋をし、デートを重ね、プロポーズをし、結婚し・・・・。愛を語るなんて、オイオイとも思うが、この際だから、語ってみる。 出会いから結婚まででは、愛はどこにあるのか。私は、出会いにあると思う。相手の心、考え方、生き方の惹かれ、近づきたいと思う。尊敬や敬愛や慕う気持ちが生まれる。 「愛」自分の中に芽生えた「愛」に牽かれて、恋が始まり、デートを重ねる。相手が自分と同じように「愛」に牽かれていれば、考え方、生き方だけでなく、ココロ、情ともいうがそれもぶつかり合い、時には距離をおくように離れ、時には交わるように距離が縮まる。 ポロポーズは、言うなれば、その始まりをわかりやすく表現したにすぎない。人間は考え、話す生き物である。それは、男性に限らず、女性も。プロポーズを受けたら、自分たち二人は、どのようなものをぶつけ合うのか考えてみる。 「結婚してくれ。」「はい。」が、プロポーズではない。 ことばは生き物である。証拠に、源氏物語に書かれていることばが、生きつづけ、今のようになっている。 悪いものを送り込むこともある。だが、それが「愛」について語り合い、愛を交わすことになるかもしれない。時には、ぶつかり、交わりする。愛がそういうものであり、ぶつかり、交わるのが愛情だとすれば、どうなる? どうにもならんわな、これを見ているときは。 どうにかなるかもしれん。それは、ばななさんが考える方向に。
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