原理原則とは違うかもしれませんけれど


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Posted by みさき on 2003/03/29 22:36:55:

In Reply to: Re[2]: とろい自分 Posted by ハリポタ on 2003/03/29 15:56:49:


    はじめまして、ハリポタさん。バンリさん。こんばんは皆さん。
    原理原則としてとらえていただけるかわかりませんけれど、私の場合には、林 望さんの本「日本語の磨きかた」が、私自身の自や基のもととなる原になりました。同氏の「知性の磨きかた」も合わせてですけれど。
    話し方に限らず、物事に取り組む場合(楽器の演奏、スポーツ、学問、絵を描くことなど)論理といいますか原理といいますか、例えばピアノの音を奏でる仕組みを理解した上で取り組むのか、取り組んでいるうちに、興味のあるところからつっつき、仕組みを理解していくのかは、人により好む道と、向き不向きの道がある、道であると思います。

    まず、自分が仕組み理解から取り組む方が、道が楽しきものになるタイプであるかよく見極めることが、大切だと私は考えています。

    そして、次は真似の段階です。見る、聴く、触る、嗅ぐ、味わう、五感は刺激しなければ、退化するというのが、私の実感したことでもあります。現に嗅ぐは人間の一番本能的能力にもかからわず、数種の香りをかぎ分けることの出来ない状況に私はいます。
    話を戻しまして、真似の段階で大切なこととして、私の考えは、真似はその物事の基本的技術を自分が身につけるために行うためだけであり、その上に、イメージした自分自身をのせ、彩りを加えていかなければ、意味をもたないと。
    この作業を行うには、情報を集め自己分析し、自分が欲するものは何かを空想し、それを形にする努力が必要です。

    「イマジネーションは模倣から生まれるのではなく、自分自身の情報処理能力の現れである」(サッカー選手のことば)

    すでにハリポタさんが行っていらっしゃるように、本を読んだり、人と話すことはとても意味のあることで、上野千鶴子さん曰く、「一人の時間をもち、自由にものを考えること。そして、決め付けず、逃げず、面倒くさがらず、人と相対する」(相対とは話すことだけでなく、聞くことや、相手から五感を通じて色々なことを感じることが大切かと私は思います)

    ことばにはいくつかの能力があります。
    1.受感すること
    2.表現すること
    3.情報の整理、確認を容易にするためのラベルとなること
    4.コミニケーションする為のものとして

    私の個人的な考えとして、これらは切り離して個々の向上を図るより、全てを視野に入れ、んー、あえて言うなら、1、3、を意識して行い、振り返る時間をつくり、3をする。123がなくても、4は行えますが、4の向上のためには123は省けないと。
    ずいぶん、長くなりました、わかりにくいかな、わからないところは、そうおっしゃってください。話し方を変えて、お話します。


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