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Posted by みさき on 2003/04/03 23:18:36: In Reply to: 返事ありがとうございます。 Posted by ゆず on 2003/04/03 14:18:59:
それは、話したいという気持ちだけでは、話せない。だけど、話したい気持ちから、話す内容を事前に空想しておくと、それを話す機会がくる。正確には、機会をみつけて、空想しておいたことを、話してみるんですけれど。 具体的なお話なら、デートの前日に、次の日のことを、考えるんです。 自分の趣味のことを、こう話して、相手の趣味を聞き出し、自分の家族構成をエピソードをまじえながら、話し、相手の家族の情報を得る。 もう、それは、台本のように自分の頭の中で描くわけです。完全まるまる暗記することはしませんが、話の筋は立てておきます。 そうして、デート当日に筋書きを思いだし、話せるというわけです。 これが、慣れてくると、事前の筋書きがなくても、頭に浮かぶより前に、口からことばが出てきます。 これは、話す内容を、原稿的に考えること、話すという実践を続けてきただけで、得た結果です。 二つ目の感じるということですけれど、恥ずかしい話ですが、わたしはつい最近なんですよ、自分の身体状況にあう表現をことばで見つけ出したのは。 「心臓がぎゅっと締め付けられて、取り上げられたような胸苦しさに、胸が非常にどきどきして。心臓が取り上げられた分、体がふわっと軽くなる感じ」を胸がきゅんとして、わくわく、どきどきして嬉しい自分なんだ、とか。 「思考回路が低迷して、受感力が限りなくゼロに近づいて、でも、不安とかではなくて」を恐怖心というか、恐れを感じている自分なんだ、とか。 以前は、悲しいは頭に悲しいが浮かんでくるもの、嬉しいは心か頭がうれしいと認識するのが、うれしい、なんだと思い込んでた。 でも、こんなの全然なくて、自分は不感症かと思った。感情の。 それが、今年に入って、自分の日本語を磨こうと決めて、色々してたら、突然、「もしかして、これが、うれしい、という感情?」 「これが、怖い、恐ろしい、という気持ち?」 感情や気持ちは心に生じるというより、身体に何らかの特徴がでて、それを、自分のことばで表現したものが、感情、気持ちなわけ?と思ったのです。(ゆずさんは、私が以前体験していた状態と同じなのかしら、違うかしら。) 私自身のこの経験から、お話しますと、自分の体に起きている変化を(大小すべて)を感じ、受け取る力が、育たないと、感じるということは、ありえない、かと。 まず、感じ、受け取り、受け取ったものを、ことばで表現し、そのことばが、ゆずさんの感情になるわけで、わかるかなー。 麻痺しているのは、心かどうかは、わからない。だけど、自分の体のことを感じる感覚が麻痺しているだろう、とは思う。 訓練どころか、毎日の生活のなかで、ことばを流さずに、気にとめながら、向き合うだけで、感覚は磨かれます。きっと。(私個人の判断です) 私が、ここでお話しし合うようになったのは、今年になってからです。上記の体験をしたのは、3月かな、長期じゃないです。 身に付きそうな気がしませんか?
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