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Posted by みさき on 2003/07/28 10:28:50: In Reply to: 教えてください Posted by 桔梗 on 2003/07/26 23:13:44:
ー否定語から想像する主人の心境・・・ココロは否定しているのだろうか。口先だけで否定語をつかっているのではないだろうか。何か主人のココロに問題が生じているかもしれない。ー 男は女の身体と異なり、他者に不平、不満を言って、ストレスを発散するようには、できていない。ただ、黙ってストレスに耐えていく。それは、たとえ夫婦の契りを結んだとしても、変わらないことだろう。 こう考えながらも、もうひとつの考え方もしてみる。主人が私に変化を求めているかもしれない、ということ。その気持ちが私の言動を否定する行動であらわれているのかもしれない。だとしたら、私の言動を変えてみるのも良いかもしれないと思い始める。 どうしますか?という選択権を投げかける話し方をすると、相手は選択し、答える必要が出てくる。 精神的疲労が強い時、単純な選択さえも、辛いことがある。 「お食事もお風呂も準備はできていますから、いつでも仰って。」 主人が動き出した時、その行動の先にあるものを見つめ、食事の支度を進めるなり、自分も動き出す。主人のペースで、動けばよいのだから。 また、視覚や聴覚や嗅覚から、精神の緊張を和らげることに、ココロを配り、ことばを減らしてみることも、SOSに対する配慮となるかもしれない。 私は、否定語の会話に慣れるべきだとは、思わないし、肯定語を求めてことばをキャッチボールすることだけが、有効であるとも思いません。 ことばというボールは、キャッチボールするだけではなく、サッカーボールをパスするように、存在している「空間」にボールを出し、効果を発揮することや、「存在していない空間」を作るために、スペースを意図的に作りその出来上がった空間にパスを出すこともあると、私は思っています。 桔梗さんのご主人のココロが欲している空間は、どのようなものなのでしょう。そして、桔梗さん、貴方ご自身が欲している空間は、どのようなものなのでしょうか。それらが見えてきたら、貴方の心が少し楽になるように思います。
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