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Posted by みさき on 2003/09/22 03:03:30: In Reply to: 家族との距離 Posted by ゆうき on 2003/09/21 18:57:41:
ー私は人生をらせんのようなものに考えることがある。輪は、始まりと終わりがつながり輪を描くが、らせんはまじわらない。 家族のもつ人生のらせんと遠く離れたり、近づいたりするのは、簡単に想像できる。 気遣いも、遠慮も、信用も、不信も、救いも、それから毒も変化していくことが想像できる。 ここで、少し目線を変えます。 ダリという画家は、天才になりたければ、天才のふりをすれば良いと言った。私は、彼の言うとおりだと思った。 音楽家になりたいのなら、音楽家の振る舞いをし、音楽家のふりを続けることが必要で、振る舞いが日々の生活に定着するぐらいまでね。そして、その努力が、音楽家を生むと。 そして、これは家族にも言えると思った。 家族になりたいのなら(家族でいたいなら)、家族の振る舞いをする、家族としての振る舞いが生活に定着するぐらいまで。この努力が、自分の中に家族としての心を産むまで。 自分の中に家族としての心が生まれた後は、育んでいくことになる。どのように育てていくのか。 祖父母や両親を手本とするか、模索するか、家族以外の人々から手本を探すか。ー 家族を育てていくことは、親だけでは出来ないことだと思います。親と子が育て合うから、家族が成長していくのです。だから、子供である貴方の存在はとても大切なものなのです。 家族は成長するものだから、変化もするもの、と考えてみると、少し心が楽になりませんか? (また、別の目線から見ると、礼儀を心得た人がもつ親しみの表現の仕方は、素敵なものです。日々の生活の中で、人を敬う心と振る舞いを身につけていないと、とっさにはできないことだなーと思います)
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