参考までに記載しておきます


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Posted by ねこちゃん on 2004/01/11 21:17:01:

In Reply to: ありがとうございました Posted by つくね on 2004/01/11 16:16:47:


    2002年11月の過去録から
    サンさんとねこちゃんが質疑応答した内容から抜粋しました。
    「あがり」について参考にしてください。
    <サンさんから「あがり」について質問がありました。
    私の場合は「人前に立つ前にあがるなんて思うのはやめましょう」というアドバイスはしません。
    何故なら、あがらないように気づかうのは、あがることが前提となっているからです。
    もともと、あがらないならそう思う必要さえないでしょう。
    顕在意識であがらないように努力すればするほど、潜在意識の奥ではあがりを意識しはじめます。
    そして突然あがりは起こります。
    だから、私ははじめからこう言います。
    「あがってもいいのです。あがることを許しなさい。あがりはあなたを守っているのです。」
    だから、あがりに対して罪悪感を持たないことです。あがりはある種の意識の集中なのです。
    ぼーっとしている時、人はあがりません。
    あがりに対する罪悪感、恥ずかしい気持ち、それが状態をさらに悪化させます。
    思い出しください。
    あがっている時、自分の中にすごいエネルギーを感じませんか?
    あがりによって意識の集中を自ら作り出して、熱意に変えることです。
    確かにすぐには出来ません。
    スポーツでも最初からすぐに成果はでませんようね。
    地道な練習をくり返すことでそれは出来るようになります。
    一番効果的な暗示は、よりよい体験による達成感がもたらしてくれます。

    > では、『私はあがらない』と言いつずけるのはどうなんでしょうか?

    あなた自身が、想像力豊かでイメージトレーニングを上手く出来れば、よい結果を生むかもしれません。
    しかし、ある日突然あがりが少しでも起これば、あなたは失敗したと感じるでしょう。
    これでは、イメージトレーニングは上手く行かないという逆の暗示を作り出してしまいます。
    あがりを許すのは、あがりと戦わず、抵抗しないためです。
    抵抗すると、心はあがりにとらわれてしまいます。
    次第に、あがりはあなた自身を支配するでしょう。
    私の場合は、緊張感がある方が上手くスピーチができます。
    あがっていれば、今日のスピーチは上手くいくと実感します。
    これは、ただの暗示ではなく実際の達成感から得られたものです。
    リラックスしている時のスピーチはあまり評判がよくありません。スピード感や熱意が伝わらないと言われたことがあります。
    むしろ、私は緊張感を歓迎します。
    緊張感は私に集中力と熱意を促してくれます。
    「本当にそうだろうか?」と思うでしょう。
    スピーチの実践を通して自らの中にそれを見い出さない限り理解は難しいでしょう。
    言葉は体験そのものではないという単純な理由から言葉だけであなたに同じ体験を実感させることはできません。
    これはある意味、言葉の限界なのです。
    でも今はそれでいいと思います。
    いつか、実感する時が来ます。
    その時思い出してください。

    > 普段どういう心構えでいたらよいのでしょうか?
    > また、具体的にどうすればあがりによって意識の集中を自ら作り出して、熱意にかえれますか?

    伝いたい気持ちがないスピーチは、相手の心へは届きません。
    あなたの考えた頭の中の言葉は、相手の頭には届きますが心までは届きません。
    心から発せられた言葉だけが、相手の心に届くのです。
    熱意は心の中にあるのです。
    話し手の緊張感は、聞き手にも緊張感を与えます。
    あなたの中に伝えたい熱意がある場合緊張感は集中力を生み、より大きな熱意となって聞き手に伝わります。
    これ以上の具体的な方法は、体験によってしか導かれません。
    スポーツ理論の本を読破しても、スポーツはうまくなりません。
    実際に練習をしながら自らの体験の中に知識を取り入れることで身につき上達していきます。


    >普段「自分はあがらないと」と言うことはどうなんだ?

    「自分はあがらないと」と思うのは、あがりを良くない事だと思っているからではないでしょうか?
    あがりがあなたの為になるのなら、そうは思わないはずです。
    確かに、そう思うことで、あがりがなくなるかもしれません。
    リラックスしてあがりがなくなる反面、あなた自身から溢れてくる緊迫感もなくなります。
    聴衆もリラックスしてあなたの話を聞きます。
    話の内容は頭にとどまるかもしれませんが心には届きません。
    「いい話だった、でも感動まではしない。」と感じます。
    極度のあがりは、あがりに対する罪悪感が引き起こします。
    極度のあがりは問題ですが、多少のあがりはあなた自身を輝かせます。
    聴衆は、あなたから溢れる緊迫感を感じ取って心を突き動かされるのです。
    無料講習会で初心者がスピーチコンテストで優勝したことが載っていました。
    何故、ベテランが優勝しないのでしょうか?
    原稿の段階で審査したら、ベテランの原稿内容の方が選ばれると思います。
    では、何故スピーチするとそうならないのでしょうか?
    これは、ベテランになればなるほど、緊張感が薄らぎリラックスしてあがりを克服して話します。
    聴衆も安心して聞きます。そして忘れます。
    記憶は時間の長短ではなく、印象の強弱なのです。
    初心者のスピーチは緊張感から、緊迫した空気を会場にもたらします。聴衆も緊張感を感じます。
    話の内容はありふれていても、心から発せられる一言一言が緊迫感を持って印象づけられます。
    そして、聞く者の心を感動でいっぱいにするのです。
    ベテランは、あがりをなくすことで輝くものも失うのです。
    だから、有名な俳優は「あがらなくなったら、役者としておしまいだ。」といいます。
    この言葉の中には、初心を忘れず、おごり高ぶらない、場慣れしてすれない、観客を甘く見ない意味などもあるのでしょう。
    あがりのもたらす意味は深いのです。

    >「あがりを許す。あがっても死ぬわけではない。あがりは自分を大きく見せようとしている。ならそれにこたえて話に集中する。」

    「あがりは自分を大きく見せようとしている。」ではなく、
    あがりを快く受け入れた時、自分の能力を引き出す働きをするということです。
    経験を経て理解できる事柄です。
    「結局あがりとはなんなのでしょうか?」ではなく、あなたにとって「あがり」とはなんなのかが問題なのです。
    「あがりとは結局なんなのか?」は学術的な問いです。
    心理学の文献を探すと見つかるでしょう。
    重要なのは今のあなたにとってあがりがどんな働きをしているかということです。
    それは、あなた自身が一番知っていることです。
    リスが小さな観覧車を回すようにぐるぐると駆けめぐっている所を見たことはありませんか?
    リスはどこにも行き着きません。
    循環してしまう思考はあなたをどこにも導かず、ただ疲れさせてしまうだけでしょう。
    ある人の理解は、他の人に伝えられる事によって知識になります。
    知識は理解そのものではなく、借り物に過ぎないのです。
    今、頭で理解できなくてもそれでいいのです。
    そのほうがいいのです。
    体験を通して知った時、大きな感動と共に理解するでしょう。
    知識は植物で言えば、種子みたいなものです。
    あなたの中で経験を通して成長し開花し実をむすばない限り理解にはなりません。
    本当の理解は私からではなく、あなた自身を通してしか訪れないのです。

    以上が過去録からの引用です。
    雄弁家だったヒットラーの演説映像を見たことはありますか?
    記録映画「我が闘争」「ヒットラー」はレンタルビデオ店で見つけることが出来るでしょう。
    ヒットラーは演説前緊張して落ち着きがない様子が映像に映っています。
    しかし、話しはじめ次第に緊張感を精神的な高揚に変容した時、雄弁に語りはじめます。
    緊張感はその働きによって自分の能力を引き出し、聞き手を引き付ける働きもするのです。
    緊張感はあなたに精神の高揚と達成感をもたらすでしょう。



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