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Posted by みさき on 2005/11/05 23:44:07: In Reply to: Re: ごめんなさい。訂正があります。 Posted by フリー on 2005/11/04 15:37:56:
大人になってからでも、こうして返信があるのをみつけるとうれしいものですね。 相手を思いやり、迷い焦ることが多かった私は、主人に「どうせ思いやるなら、相手がどんなことを考えていたとしても、それを受け入れるという気持ちを持ったら、どうだ。」と言われたことがあるんです。 それまでの私は、相手の気持ちを想像したり、相手が喜ぶことをすることが、相手を思いやる、ということだと思っていたから、正直なところ、戸惑いました。 人間関係について考える時、よい関係を築きたいと思うと、相手が自分に対して抱く印象をよいものにしたいと思います。 そして、欲張りな私は、相手から自分にむけて、良い関係がむかってくるといいのにな、と思ってしまう。 対岸にいる相手から、私が心地良いと感じる橋が伸びてくるのを期待してしまうのです。 けれども、ふと考えると。 私が心地良いと感じる橋を、相手が作ることは、とても難しいことなんじゃないかって。 同じように、相手が心地良いと感じる橋を、私がつくることも、とても難しい。 だったら、お互いに自分が気に入る橋を自分でかけてみたら?と思うようになりました。 私がどんな橋をかけようか、迷えば迷うほど、対岸から眺めている相手は、私を理解しづらくなるかもしれないし、 相手が気に入るかどうか定かではないけれど、橋を築き始め、時々、修正しながら、進んでいけば、対岸から眺めている場合、安心するような気がして。 自分が望む橋をかけ、相手がかけた橋を受け入れ、お互いの橋の上で語り合い、共に過ごしたら、いいのかな、と。 互いが良いと思う一本の橋にこだわらず、お互いが好きな橋を作り、行き来したらいい!って思うし、互いの橋が気に入って、自分の橋に工夫を加えたり、相手の橋の修繕に手を貸したりしていくのが、私が望んでいる良い関係なのです。 貴方から、相手に向う人間関係は、貴方が気に入る橋で、そして、相手から伸びてくる橋を、受け入れる為に、相手のことをたくさん考えてみる、というのはどうでしょう。
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